第5回 外交論文コンテスト 佳作

国際社会の安定のために日本外交に求められること

宮越太郎

bourbonsunpaper@yahoo.co.jp

1.はじめに

「誰も、本当に戦争が起こるなんて思っていなかった。」
これは1990年代前半、私が子供の頃に見た太平洋戦争についてのドキュメンタリーの中で、当時を経験した一般の人が戦争直前の頃の様子について尋ねられ、それに対して返した言葉である。当時の人は皆、戦争がいつ起こるかと待ち構えていたものだと思っていた私にとっては、とても意外で印象的な言葉であった。しかし、この言葉が頭をよぎる時、もしかしたら、今この時代がそうなのではないかと思う。
1945年8月、日本は二つの核兵器による唯一無二の凄惨な経験をし、既に壊滅的な被害を被っていた戦争に終止符を打った。私が以前訪れた広島平和記念資料館で展示されている写真の説明書きによれば、原子爆弾投下直後の市内の様子は「そこで日常を送っていた我々と同じ『普通の人々』がまるで亡霊のような焼けただれた姿で一滴の水を求めてさまよう地獄のような景色」であった。
「何も起こらない」と思っていた状態から「地獄のような景色」に至ってしまった歴史に、我々は何を学ぶべきだろうか。
そして、その原爆による被害もさることながら、無謀ともいわれた国民総動員の戦争は、物質的にも精神的にも日本全体にわたり想像を絶する疲弊をもたらし、終戦時には文字通り何もない状態であった。
ところが、日本はその壊滅的な敗戦からわずか23年でGDP世界2位[1]の経済大国になり、非欧米国でありながら、G7の一員になるまでになった。そして半世紀以上、我々は世界でも有数の豊かな暮らしと平和を享受してきたのである。ただ、その背景には日本の努力だけでなく、多大な援助や国連をはじめとした実効的・国際的なガバナンス体制の構築・世界的な人権尊重の確認及びその実施のための国際協調体制など、外部環境の支えも極めて大きかったであろう。
しかし近年、国際社会は第二次世界大戦そして冷戦の終結以降、再び大きなレジームの変更を迎えつつある。ヨーロッパでは難民問題に端を発し、当初こそ受け入れを表明したが、やがて限界が露呈し、ヨーロッパ各国で極右のポピュリスト政党が台頭する事態になっている。発端となる原因や事情は国ごとに違うが、こういったポピュリスト政党台頭に見られるような民主主義の後退はブラジルやメキシコなどラテンアメリカでもみられ、そして2016年にはアメリカの大統領選挙において、最も象徴的な形として現れた。戦後、西側諸国を中心に多くの国でスタンダードな価値観になりつつあった国際協調主義や民主主義が今、根本的に揺らぎつつある。
紛争問題をはじめ、ますます厳しさを増している気候変動や各種の環境・社会問題など国家単位を超えたグローバルイシューに対し、戦後の体制を支えてきた幾つかの主要国が国際協調に逆行するような現状の中で、私たちは本当に危機に瀕していると言えよう。

2.世界のリーダーの不在

そのような状況の中、今一度私たちは国家を超えたガバナンスをなんとか見つけ出さなくてはならない。第二次大戦後を振り返った時、これまで国際政治環境において圧倒的な影響力を行使してきたのはアメリカと言ってよいだろう。またヨーロッパ先進各国も、経済規模で言えば一つ一つは日本よりも小さいが、EC・EUとしてみた場合その存在は大きく、また植民地を持っていた過去によって良くも悪くも、とりわけ途上国に対しては大きな影響力を保持してきたと言える。
しかし、その戦後以降我々が見慣れてきた体制が今変わりつつある。現在の世界を見渡した時に、リーダーと呼べるような主権国はもはや存在しないように思われる。アメリカは少なくとも今現在においては孤立主義に向かっている上、多くの国、とりわけ紛争影響国からその外交政策などに関して信用されていないことが多い[2]。ヨーロッパもユーロ危機を経て、難民問題そしてブレグジットなどを抱えており、EUとしてもリーダーシップを発揮する状況にはない。中国・インドなどは経済的には十分大国だが、その国内自身に深刻な人権問題などを抱えており、他国からの信頼も十分と言えるには程遠い。
今の国際政治環境を中国・アメリカのG2体制と呼ぶことも多いが、これは今の世界情勢をこの二国に委ねることを意味するものではないし、またG7などは依然として大きな影響力はあるが、新興国のプレゼンスの高まりを考えれば、今後の相対的な影響力が低下するのは必至である。今現在においては、G20が国際的なガバナンスを発揮する上で政治的なリーダーシップが期待できるものとされているが、今般の大阪サミットを見ても分かる通り、様々な思惑が絡まった20の国の意見をまとめ上げるのは至難の技である。ましてや国連で調整を図るのは絶望にも近い状態であり、実際に安全保障理事会ですら最も重要な場面で機能していない。

3.「仲介者」としての日本の役割

では誰がどう、国際社会の安定を担うのか。この極めて不安定な世界状況の中で浮かび上がってくるのが日本の役割である。ただし、その役割とはリーダーとしてではなく、国際社会の「仲介者」として、である。
それは先進国の中でも日本だけが持つ、戦後以来、築き上げてきた経験と独特のポジションに由来する。確かに日本は今後、人口が減少し、高齢化が進んでいく中で、他国を凌いで経済的に発展していくことは現実的に描きにくいが、依然としてGDP世界3位[3]の紛れもない経済大国であり、唯一の非欧米国としてG7に名を連ねる立場でもある。そして先述の奇跡的な復興は半世紀以上も前のことにも関わらず、我々が思っている以上に海外、特に紛争影響国の人々に知られ、ポジティブなイメージを与え、勇気づけてすらいる。加えて、「平和国家」としてのイメージも依然として強く持たれており、特に戦争放棄を明記した「平和憲法」や、自衛隊がその任務において創設以来1人も殺傷していないという事実もよく知られ、ポジティブなイメージを支えている。また過去の歴史において、欧米国と異なり、(一部のアジアの国を除き)、植民・被植民の関係がないこと、そして日本が戦後地道に積み重ねていった開発援助や世界の人々の実際の生活に入り込んでいる日本の家電製品や車などを通しても日本に対する信頼感が醸成されてきたといえよう[4]。
こういった日本が持つ独自の強みを踏まえた上で、今後の世界のあり方として、どこか強大な一国あるいはごく限られた少数の国が世界をリードしていくような姿ではなく、真の多国間協調が国際社会全体の安定のみならず、各国の国益の最大化にも貢献し得ることを考えた時、まさに今この状況で日本だからこそできること・期待されていること、そして実際に日本が持つ上述の無形の「資産」は、日本が国際社会の安定のための「仲介者」として立ち回る時に最大限活かされ、更には日本自身の問題解決および国益にも貢献し得る可能性があるのではないか。

4.カギを握る「人間の安全保障」概念

国際社会の安定を目指す役割を担う、その元になる概念は、憲法前文で言及されているだけでなく、「人間の安全保障[5]」というコンセプトに拠って立つことができるであろう。この概念は国際社会に日本自身がかつて提言し、それ以来「ヒューマンセキュリティー」として世界的に受け入れられてもいる。
この「人間の安全保障」は日本の外交政策にも取り入れられており、近年も文言としては外交青書などに出てくるが、その当初の表明時に比べ、「本気度」が後退している印象は否めない。
日本はこの概念を開発援助の場面で使うことが多いが、現在の非常に不安定な国際政治環境を鑑みた時に、開発のような経済の文脈だけでなく、政治の場面において多国間協調や国を超えた連帯を訴える時にこそ、この「人間の安全保障」は根本的な支えとなる概念であり、これを提唱した者としても、日本が「仲介者」となるのは相応しく思われる。
以上のような問題意識から、では実際に日本が仲介者として国際社会の安定に向けて、具体的にどのようなことに取り組むべきか、以下、詳細なアイデアに入っていきたい。

(1)武力紛争の予防・解決
まずは今現在も各地で続いている武力紛争解決あるいはそのような事態に陥らないための予防へのアプローチである。従来日本はこういった紛争に対しては直接的に関わることは避けてきた面があり、実際の事例も少ない。しかし、先に述べたように日本はとりわけ紛争影響国にポジティブなイメージを持たれていることが多い。今現在起こっている世界各地の武力紛争問題は、確かに非常にセンシティブかつ困難な問題であるが、真に「国際社会の安定」を考えた時、これらの問題を解決することは避けて通れない。日本が持つ、現在の主な紛争国地域との歴史的な関係、そして国際社会におけるプレゼンスを考えた場合、日本がこういった問題に関わっていくことの意義は非常に大きい。
武力紛争解決の道筋としては、主に、紛争当事者どちらかが降伏を申し入れる、どちらかが武力で勝利(敗北)する、そして第三者が調停(仲介)する、というパターンがあるが、現代紛争において一番多いパターンは、第三者の仲介である。これは国連のような国際機関がやる場合もあれば、関係国だけで行われる場合もある。日本は先進各国と比べて、こういった役回りを担うことは少なかったが、仲介任務は必ずしも軍事的なプレゼンスを示す必要がなく、なおかつ日本の強みを生かせる分野である[6]。
具体的には、中東・アフリカ・ラテンアメリカなど過去に日本とのネガティブな歴史が無い、或いはポジティブなイメージを抱いている親日的な国・地域においては、とりわけ日本が仲介に関与することに関して、(政治的にも経済的にも)植民・被植民関係のある欧米先進国と違い疑念を持たれにくいであろう。更に、ビジネスなど経済的に友好な地域は経済界の後押しも得られると思われる。今般の安部総理によるイランへの仲介のための訪問は、まさにその適例と言える。そして今現在最もシビアな問題の一つであるシリア紛争においても、その解決の糸口を提供できる存在として中東各国が日本に寄せる期待は高い。更にミャンマーのロヒンギャ問題や日本移民が多いラテンアメリカにおいても日本が仲介において独自性と強みを発揮できるところが必ずあると思われる[7]。
今まで仲介の取り組みが少なかった一つの背景には、このような武力紛争での調停役を担える人材が極めて少ないことが挙げられる。多くの国では外務省などの関連省庁に調停関連担当の専門家・スタッフがおり、例えば、スイスは外務省の中に紛争調停を担う専門ユニットを抱えている。(ちなみにそのユニットが所属している「第4局」のミッションは、「個人の安全保障」である。)常時在籍している外交官・専門家の他におよそ600名の外部専門家・コンサルタントが付属している。スイスはこれまで20を超える紛争調停の案件に関わっているが、その活動を政府全体として政治的にも資金面でもバックアップしている[8]。また、このような国際的な紛争への仲介活動は、その積み重ねを通じて、その国の国際社会におけるプレゼンスと共に信用度も増していく。例えば、スイスやコスタリカは長年の平和外交の努力が国際的な信頼にも繋がっており、安保理改革への前進に繋がる提言に加え、気候変動や核廃絶・人権に関わる重要な提言が認められるなど、仲介役のポジティブなイメージが多国間外交の場でも存在感を高めることに貢献している。
上記のスイス・コスタリカ以外に紛争調停・仲介に積極的に関わっている主要な国として、ノルウェー・フィンランド・スェーデンやカナダなどが挙げられるが、いずれも共通しているのがいわゆるミドル(サイズの)国家ということであり、これは紛争当事国にとって軍事的・経済的に脅威とならないという仲裁国としてのメリットがあるが、同時に国際社会への働きかけという点ではその影響が限定的であると言える。それに対して、日本は世界的な経済大国であるだけでなく、上述の日本独自のイメージがあるため、国際的な影響力がありながら、それを脅威と受け取られない大きな強みを持つ。
重要なのは、日本がこのような仲介役に取り組もうとした場合、外務省のみならず政府全体のバックアップが必要であり、防衛省・警察庁など省庁を超えた連携、そしてNGOや大学・研究機関など他セクターとの協力が極めて重要であることから、内閣官房に本部を置くなどトップレベルでのリーディングが必要である[9]。
また国連、とりわけ安保理常任理事国のバックアップが重要であり、国連との連携や多国間外交での信頼関係が要である。実際、フィンランド元大統領で紛争仲介の名手として有名なアハティサーリは、その任に当たる際、巧みに常任理事国との関係を活用した[10]。
そして肝心の人材に関しては、確かに日本はこの分野の経験豊富な人材が少ないが、実はこれまでに紛争解決の政治プロセスに携わった事例がいくつかある。カンボジアが政治的に関わった初期の例として挙げられる他[11]、特にフィリピンのミンダナオでの紛争においては、紛争解決およびその後の平和構築まで包括的に関わり、優れた事例として認知されており、スリランカ内戦においても、明石元国連事務次長を筆頭とした日本政府や日本人の国連職員も紛争中からその解決に携わっている[12]。また、直近では南スーダンでも、直接的な紛争仲介ではないが、日本が現地の政治プロセスに関わり、調停に貢献した事例がある[13]。このように日本の組織で関わったことがある人材や国連など国際組織で関わった日本人職員など、該当する人材を把握することがまずは肝心である。そして必要に応じてスイスのように外部コンサルタントのような形で海外の経験ある専門家も検討すべきである。

(2)警察の国際協力
こういった安全保障問題に関連して、もう一つ提言したいのが、警察の国際協力である。近年の国際社会の安定において、紛争・内戦等の他に非常に懸念すべきこととして、国際的なテログループの拡張が挙げられる。このことはすなわち国際的なセキュリティを担うアクターとして、軍のみならず警察のプレゼンスの増加を意味する。
この問題の解決の為には、今現在活動している「国境を超えた」テログループへの対処と、そもそもそういったグループが生まれないように、特に紛争影響国の警察への支援が不可欠である。いずれにおいても国を超えた警察の連携が必須だが、そのための「ファシリテーター」が重要になってくる。
なぜ日本か。それは一つには、今後自衛隊による「国際平和協力」が進められ、紛争後の現地国における平和構築にコミットするのであれば、そのあとの「開発」へ繋いでいくステージとして警察の協力が不可欠だからである。何故なら、紛争が終わった後に現地国自身の警察がしっかり機能するかどうかが、その国が国民から信頼と正当性を得られ、自立できるかどうかの決定的に重要な要素になり、これに失敗するとその国・地域がテログループの温床になってしまうからだ[14]。そして日本の警察協力に対する各国からの期待は国連を含め、非常に高い[15]。さらに、警察は治安を担う組織でありながら、「文民」であるので、警察の協力を推し進めることは、「治安」という国家にとって最も重要な機能をサポートしながら、軍組織の協力と違い、現地国や周辺国に警戒されず、日本国内からも反対されないであろう。
そして他方の理由としては、これが日本自身に取っても非常に重要だからである。ひとつは現地国の警察に協力し、パートナーシップを結ぶことで、テロなどに関わる重要な外事情報を得られやすくなるからだ。特に近年のテロ組織は紛争影響国などガバナンスが脆弱な国に根付きやすいため、こういった国の治安組織の協力を得られることは決定的に重要である。これは二国間協力のみならず、多国間においても同様である。実際、日本は国連警察には派遣していないが、国連の日本政府代表部には警察庁から担当者をほぼ毎年派遣しており[16]、こういった国は実は先進国の中でも稀有である。国家という枠を超えたテログループによる犯罪が増えていく中で、国連との連携は必須であり、代表部に警察関係者を派遣している数少ない国として、この分野においてファシリテートできる環境にある。とりわけこれからオリンピック・万博など重要な国際イベントを控えているタイミングでは喫緊の事案である。
そしてこれを進めるにあたっても、省庁を超えた連携と国のバックアップが必要である。特に警察は国内の治安を専ら担う組織であり、国際協力は必要に迫られた場合や限られたケースと想定されることが多いからである。開発の文脈では防衛省や外務省、JICAとの連携、テロに対する協力に当たっては、防衛省や公安調査庁、内閣官房との協力が想定される。実際にイギリスでは治安と開発の国際協力に向けて、「WGA (The Whole-Government-Approach)」と呼ばれる強力な政治的リーダーシップにより、外務省・国防省・開発協力省の連携を進め、そのための共通の資金プールも作り、成功事例として認知されている[17]。

(3)資金の調達
これらの活動を含め国際社会の安定にとって必要な全ての活動に伴う不可欠なミッションとして、資金の確保がある。
上に挙げたような安全保障を直接揺るがす問題だけでなく、例えばSDGsで取り上げられているような課題、とりわけ気候変動などには国際社会全体で、今すぐに全力で取り組まなければ、本当に手遅れになり、国際社会どころか地球そのものを揺るがしかねない問題を我々は抱えている。しかし、そのための資金は圧倒的に不足しており、具体的には年間でおよそ2.5兆ドルが毎年不足するとされている[18]。
日本はこれまでODAをはじめとして資金的に国際社会に対して巨額の貢献をしてきたが、これ以上の貢献は財政的にも難しく、新興国を含めた各国のODAなども今後著しく増えることは考えにくい。そして仮に増えたとしてもそのレベルで解決できるような規模の資金不足ではなく、既存の公的な資金調達のスキームでは、現在進行中の地球規模の問題は根本的には解決できない。
そこで民間の資金が重要になってくるが、特に近年はESG投資や社会的インパクト投資をはじめとして環境や人権問題に配慮した投資が注目されており、その額も大いに伸びている。しかし、あくまで「リターン」を前提とした資金の流れであり、人道支援など利益の有無関係なく迅速に資金が必要とされるところへ届くためには、どうしても安定した公的な資金スキームが必要である。圧倒的な資金不足の現実の解決のためには革新的な資金調達が必要であり、日本の役割はこれ以上自身の懐から捻出することではなく、国際的にその動きを促進するためのファシリテーションにある。
具体的には国際連帯税などのスキームが挙げられる。例えば、航空券連帯税、金融取引税、多国籍企業利潤税、グローバル累進課税[]19、武器取引税、グローバル炭素排出税、電子商取引税、そしてタックスヘイブンへの課税などがあり、想定される国際連帯税すべてがもし実現した場合、その税収額は毎年2兆4379億ドルに上る[20]。実に、上記に挙げたSDGs達成に不足する資金の相当額が見込める。
そしてこの税収は国際社会・地球規模の問題解決だけでなく、各国へも一定の割合で分配できるので、とりわけ今後、社会保障システム維持への財源確保が重要な日本のような国自身のためにもなる。
一見ユートピア的な発想であり、実際上にあげたスキームを軒並み実現するのは極めてハードルが高いように思われるが、実は既に幾つかは実現している。例えば、航空券連帯税は消費税のかからない航空券から僅かな額を徴収して、それを主に国際保健の課題対策に充てようというものだが、既に14カ国が実施している。また、金融取引税も同じく消費税のかからない莫大な額の金融取引から極めて薄い課税をして、SDGsなどの国際的な開発・人道支援や各国の社会保障費等に分配をしようという仕組みだが、現にEUでこの実現に向けて動いている[21]。
特に金融取引税は上に挙げた中でも多額の税収が期待できるが、一部の国だけが取り組んでもその国での取引が避けられるだけなので、EUにとどまらず世界全体で包括的に取り組まなければ意味がない[22]。
そしてこのような国際課税の役割として、もう一つ非常に重要なのが、単に資金源としてだけでなく、その対象のネガティブな活動を抑制できることである。例えば、金融取引税であれば取引の過熱を抑え、リーマンショックに代表される世界同時不況のような事態を避けられることが期待できる。武器取引税や炭素排出税においても不可欠な要素である。
更に特筆すべきことは、国を超えた国際課税制度をしっかりと整えることは、単に「お金の集約」だけではなく「情報の集約」も意味する。すなわちマネーロンダリングやタックスヘイブンの問題の防止[23]を通じて、テログループの不正資金や人身売買の根絶に資するので、はじめの二つの提案である紛争解決と警察協力の目的にも繋がることになる。
実際、こういった国際連帯税の実現に資する土台となる国際課税のルールや環境づくりはOECDとG20で実質的に進んできたが、既に日本はこのプロセスでは重要な役割を果たしており[24]、日本がこの流れを進める上でその動機も資格も環境もある中で、今後より積極的にこのトピックをアジェンダに乗せ、包括的な実現に向けて国際的にファシリテーションしていけるか、国を挙げた外交力が問われている。その為にはここでもやはり省庁を超えた連携が必要であり、具体的には外務省・財務省・環境省や金融庁等を巻き込み、政府のトップレベルのイニシアティブが必須である。

5. おわりに

これまで述べてきたような国際的な状況だけでなく、国内に目を転じた時に、日本が抱えている課題も多い。オリンピックや万博が控えており、明るい話題はあるが、確実に人口が減少し、同時に世界でもとりわけ高い高齢化社会を迎えるにあたって、社会保障システムをどう担保するのか、巨額の債務をどうするのか、移民の受け入れに対しどう向き合うのか、いずれも待った無しの問題である。
メディアは基本的に視聴者のニーズを反映していると言われるが、日本で流れているニュースを目にする時に感じざるを得ないのが、私たちはこれまで本当に国際社会で起こってきたことに向き合ってきたのだろうかということだ。
「外交」というと政府や官僚レベルで処理される問題だと思いがちだが、私たち自身が世界で起こっている問題に真剣に考え始めた時に初めて、本質的な「日本の外交」が始まるのではないか。
私たちはよく「国際問題」/「国内問題」と分けて考えてしまいがちだが、これらの問題を俯瞰したときに、「国内問題」だと思っていることも、今後私たちが国際社会、そしてそこで起きている問題にどう向き合うかがカギになってくるように感じられる。
今、我々は様々な文脈でかつてない国際環境の変化にさらされているが、今この時こそがまさに日本が戦後以来地道に積み重ねてきた「信頼感」という資産を国際社会に向けて、そして日本自身のために発揮する時ではないか。

参考文献・資料

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脚注
[1]内閣府 HP https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/menu.html
(2019年7月20日アクセス、以下全ウェブサイト同年月日アクセス確認)
[2]ジャック・アタリ(2018)『新世界秩序』山本規雄訳, 作品社
[3]内閣府 HP https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/menu.html
[4]瀬谷ルミ子(2011)、中村哲(2016)、東大作(2011,2017)
[5]「人間の安全保障」とは、従来からの「国家の安全保障」が「国家」体制を維持することにフォーカスしていたのに対し、特に冷戦以降、国家同士よりも内戦という形態が増え、国家そのものが機能しない事態、あるいは専制的な国家が生まれ、本来人々を保護してくれるはずの国がむしろ危害を加える事態に直面したことをうけて、国家という単位を超え、そこにいる「人間一人一人」に焦点を当て、彼らの命はもちろんのこと、その人権および尊厳を守っていこうという概念である。(人間の安全保障委員会2003参照)
[6]東大作(2011, 2017)
[7]島田久仁彦(2019)(元国連紛争調停官)(筆者パーソナルコミュニケーション)
[8]里信邦子(2008)「紛争は軍事的解決より、交渉を」
 HP https://www.swissinfo.ch/jpn/紛争は軍事的解決より-交渉を/6575536
[9]島田久仁彦(2018)(元国連紛争調停官)(筆者パーソナルコミュニケーション)
[10]吉成真由美(2014), Merikallio and Ruokanen (2015)
[11]河野雅治(1999)『和平工作—対カンボジア外交の証言』岩波書店
[12]明石康(2009), 上杉勇司(2019), 中坪央暁(2017), 島田久仁彦(2013)
[13]紀谷昌彦(2018)(元外務省南スーダン大使)(筆者インタビュー)
[14]Albrecht Peter & Jackson Paul (2014), 藤重博美(2013, 2014, 2016)
[15]山﨑裕人(2017)(元カンボジアPKO文民警察派遣隊隊長)(筆者インタビュー)
[16]藤重博美(2011)「日本の警察と国際平和協力:その活性化に向けた7つの政策提言」『国際安全保障』39(3), pp116-127
[17]藤重博美(2015)「脆弱国家支援における全政府的アプローチ:英国の治安部門改革(SSR)概念・政策に関連付けて」 , The GIS Journal 1, p135-143
[18]三菱UFJリサーチ&コンサルティング, 環境省(2018)「持続可能な社会の形成に向けたお金の流れー環境省」
[19]トマ・ピケティ(2014)『21世紀の資本』, みすず書房
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[20]グローバル連帯税協議会最終報告書(2015)
[21]上村雄彦(2019)『グローバル・タックスの理論と実践—主権国家体制の限界を超えて』日本評論社
[22]Paul B. Spahn(1995, 1996), Stephan Schulemister(2015)
[23]Paul B. Spahn(1995, 1996), 上村雄彦(2016, 2019)
[24]浅川・渡辺(2014)「浅川雅嗣・財務省総括審議官に聞くOECDにおける最近の議論 BEPSを中心に」,『国際課税』34(1), p32-62